アルツハイマー(認知症)の初期~第一段階の最近のブログ記事

プライド

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家族もまだ、アルツハイマーについてよく知らなかった頃何度も同じ事を言わなければならないことに苛ついてしまいそれに対して父も癇癪を起こすということがありました。

アルツハイマー型認知症は、確かに脳の障害ですが、初期の頃は多少記憶が曖昧だったり、物忘れする程度で人格はそのままでした。

恐らくその頃の父は自分がアルツハイマーであることも解っていたと思いますし、精神的なショックを引きずったまま生活していたのだと思います。

暗い顔で考え込んでいることが多かったのです。それだけに、思い出せなかったり、度を超して物事を忘れてしまった時の家族の反応には傷ついたのでしょう。

プライドが頭をもたげ、何に怒りをぶつけて良いか解らず、家族に怒鳴り、物に当たり、自分の部屋に引き籠もってしまうこともしばしばでした。

例えば薬を飲むにも、飲んだかどうか忘れてしまう父につい苦情を言うこともありました。父は「薬なんか飲まなくていい!!」とふてくされてしまう...といった他愛ないことなのですが。

薬を飲まなければ抑止力を失う脳の退化は、目の当たりにしているのでその恐ろしさは人一倍です。

人の世話になり、人の生活を犠牲にして生きていきたくはありません。一日も早い治療薬の開発を望むと同時に、人に迷惑をかけない為には、自分の健康管理しっかりしなければならないのだと言うことを痛感しています。

惚け老人

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まだ父がアルツハイマーになって初期の頃です。

その日は姉が購入した新車を、メーカーの販売代理店の営業マンが転がして来ることになっていました。

電話をしてから来ると言っていたものの、いつ来るのか解らず、1日中電話の前にへばりついているわけにもいかなかったので、それぞれ部屋に引っ込んでいました。

隣の部屋で掃除機をかけていた時、電話が鳴ったらしいのですが、私には聞こえませんでした。

母は近所に買い物に行き、姉は三階の自室に居て、電話番号自体違うので電話の音は聞こえません。

なにか人の声がするような気がしてリビングに行くと父が電話を切っているところだったのです。

「誰からだったの? 」と聞くと父は、「さて...よくわからんかった。車がどうとか言ってた。」という説明。

三階の姉に電話をして、どうやら営業マンから電話が来たらしいけど、父が電話に出たので内容は解らないと説明するしかありませんでした。

姉か下に降りてきた姉が、今受けた電話の内容も記憶していられない父に向かって「そんな話は『わしではわかりません』て言っておけば良いのよ。」と言うと、「それじゃあ、お前。ボケ老人みたいじゃないかー」と父。

母が「えっ、自覚がない!?」と驚くと、姉はその後ろで吹き出して爆笑しているではありませんか。

始めて脳の検査をしたときは、脳が収縮している様子にショックを受けていた父も、この時には既に自分が脳の病気であることも解らなかったわけです。

まぁ、幸せかも知れませんね。

治療薬2

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父の場合、まだちょっと変だ...という程度の時に認知症を発見でき、その時から薬による治療を続けているので、トイレも未だに自分で行けるし、今のところ外に出かけて徘徊することもありません。

何度も言うようですが、認知症に効く薬などありませんが、抑止力をもつ薬はあります。アルツハイマー型認知症の場合、徘徊したり理性的に物事を考える事が出来ないため、癇癪を起こしたり
時には暴力的になったりしますが、それを抑える薬もあります。 所謂精神安定剤的な薬です。

一般的なのがアセチルコリン分解酵素阻害薬か、塩酸ドネペジルですが、現在保険適用内となっています。漢方薬でも効果的なものがあり、個人個人どの薬が効くのか異なるようです。

通常の認知症の場合、やり方によっては改善するケースもあるようです。例えば音楽療法などがそれで、治療前にはろくに歩くことも出来なかった患者が、治療後は自分で歩き、無表情だったのが、笑顔を頻繁に見せるようになったと言います。

ところが、アルツハイマー型認知症の場合は改善は不可能とされて来ました。それが最近、アメリカで画期的な改善薬が開発されたという情報を 入手しました。

塩酸メマンチンという薬品で、残念ながら日本ではまだ臨床試験の段階なのですが...。

治療薬1

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テレビでご覧になった方も多いかと思いますが、俳優の長門裕之
さんの奥さん、南田洋子さんがアルツハイマー型認知症を発症し
長門さんが介護しているのです。老老介護です。

長門さんが南田さんの異変に気がついたのは、最後の撮影で
セリフが覚えられなくて悩んでいる南田さんを見た時だと
言います。

その後も日常生活で「おや?」と思うことが多々あり、
認知症を疑ったのだそうです。

けれども、長門さんはそれをどうしても受け容れることが
出来ず、医者に診せることなく悪化に任せてしまったことを
いまとても悔やんでいらっしゃいます。

感染症などによる体調不良を認識出来なくなるまでになって
しまうと、自分の状態を伝えることも出来ず、結果病状が
悪化して亡くなることもあるのだそうです。

父の場合は母と同居している姉がその異変に気付き、腸の病気
の検査の際に、無理矢理脳のレントゲンを撮ったことで、脳の
萎縮が発見出来たのです。

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過去の事、それも仕事の事や部下の名前など割と覚えているのです。

けれども、親戚の名前を混同してしまうことがよくあります。父が幼い頃の従姉妹と、自分の姪など。

発症から2年の今はまだ、娘(四姉妹です)の名前と顔はちゃんと解っている状態です。

脳が退化していくとは言え、若年性のそれと違って進行が遅いようです。目に見えて急激に悪くなっていくということはないのです。ただ、確実に少しずつ悪化していくのは、毎日一緒にいる家族ですら解ります。

現在、残念ながら認知症を予防する、あるいは治療する画期的な治療法は見つかっていませんが、進行を遅らせる薬はあります。

父は今それを飲みつづけ、良くなることはないまでも、急激な悪化は避けられています。

勿論、その薬は朝昼晩、毎食後飲まなければ成りません。自分で薬の管理は最早出来ないくらい脳の退化が進んでしまっているため、母や同居中の姉が管理しています。

朝・昼・晩と書かれた袋に服用する薬を一つに纏めておきます。

そのため、発症してから2年経っても、取り敢えず会話はなんとか成り立っているのです。

 

脳梗塞

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先に少し触れましたが、父が脳梗塞で倒れたのは、今から20年くらい前のことでした。真冬の東北で、車に乗ろうとして向かった駐車場で倒れ、発見されるまでかなりの時間が経過したと言われてします。

その時に脳に障害が起きても不思議ではなかったのですが、幸いにも父は入院して退院後も通常の生活に戻る事が出来ました。仕事にも復帰したのです。

その時はそれで良かったと思ったのですが、恐らくはその脳梗塞の後遺症が今になって現れたのでしょう。

アルツハイマーの予防の一つとして、太ってはいけないというのがあります。コレステロールや中性脂肪など血管を詰まらせる不安要素は取り除こうというのでしょう。

父はかなり太っていました。私が物心ついた時には既に太っていましたし、高齢者となった今も太っています。

身長165cmくらいで体重は90kg以上あります。一時は100kgを超えていましたので、体脂肪、内臓脂肪だけでなく、血管も油でドロドロしていたのでしょう。

遺伝

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ちなみに、遺伝性のアルツハイマーは、若年性アルツハイマー型認知症で、早い人は40代で発症すると言われています。この場合内臓や血液など特に問題がなくても発症するため、全く原因がわかりません。

つまり、私の場合父は若年性ではないので、遺伝はしない可能性が高い事がわかり、ホッとしたものです。

遺伝性のアルツハイマーに関しては、現在研究が進んでいるようで、原因となる遺伝子を取り除くことが出来れば治療も可能となり、まだ発症していない場合、完全に予防することが出来るようになるかも知れません。

アルツハイマー型認知症の場合、根本治療は現在不可能とされています。薬によってアルツハイマーによって引き起こされる諸症状を抑えるくらいしか出来ません。

そして、一見アルツハイマーの様な症状のため、誤診されることもあるのが水頭症です。脳内に水が溜まり、それが脳を圧迫する為に起こるもので、水を外に排出することが出来れば治ります。

認知症と思われる症状には、この様に原因を取り除けば正常に戻るケースもあり、あらゆる検査が望まれるのです。

原因

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アルツハイマーの原因は、はっきりとは解っていないようです。
 
統計的に脳梗塞を起こした人がアルツハイマーになる確率が高いようですが、関係性は確証されていないとか。

遺伝的要素もあるのだと言われています。つまり、この記事を書いている私自身にも、父と同じアルツハイマーの遺伝子があるかも知れない...そう思って暗澹たる気持ちになりました。

今思い返すと、祖母(父の母親)もそうであったかも知れません。食事をした直後に、食べたことを忘れたと母が言います。

そして被害妄想。嫁がご飯を食べさせない...と近所に言って歩くというもの。

ただ、私の記憶にある祖母は、痴呆症を患っていた様には見えませんでした。

その晩年は病院での生活だったため、時々お見舞いに行きましたが、孫の名前を間違えることはあっても、会話はごく普通に交わせていたような気がします。

父と祖母に共通するものは、高指血症という生活習慣病です。特に父は中性脂肪の値が高く、さらに生まれつき血小板の多いドロドロした血液でした。

その様な血液のタイプの場合血栓ができやすく、脳梗塞のみならず、体中の臓器の機能に影響を及ぼします。

それが原因で、父は20年ほど前に脳梗塞で倒れています。脳梗塞は認知症の原因になると言われていますので、生活習慣病からくる認知症と言えるでしょう。

過去の記憶

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不思議なことに、直近の事は記憶出来なくても、昔の事は良く覚えているのです。

特に仕事で行った場所や、その仕事の内容なども、詳細に覚えているので、もしかしたら本当は認知症ではないのでは? と思うこともあります。

字は読めるし、計算も出来るのです。でも、今見ているテレビドラマのストーリーが理解出来ません。あるドラマが終わって、別の番組が始まっても、それが異なる番組であることも理解出来ないのです。

判断出来ない。
 
これがアルツハイマー型認知症の典型的な症状なのです。

父は今週三回デーサービスで介護を受けています。朝車で迎えに来てもらい、施設で夕方まで過ごします。
 
その施設ではまるで幼稚園の様に、遠足をしたり、歌を歌ったり、折り紙をしたり、絵を描いたりするのです。お昼ご飯とおやつも出ます。お風呂も入れてもらっています。
 
ある時間帯父が家にいない事は、老いた母にとってかなりストレス軽減になると思ったのに、朝迎えに来る時間が微妙にズレたり、担当者が変わる度に家にやってきて長時間打ち合わせをするので、予定が狂うこともしばしば。

家に人を入れるのを好まない母にとって、負担が増えた部分もあるのです。

言葉が出てこない、名前が思い出せないという段階が過ぎると、次にやってくるのは「物」を認識できなくなるということです。

目の前の物が何のための道具なのか、つい昨日まで当たり前の様に使っていて、当然知っていたものが、ある瞬間から「見たことのないもの」に変わってしまう。

ある朝、父が歯ブラシに整髪料をつけようとしていました。
 
母が見つけ「何やってるの!? それ頭に付けるものでしょ!?」とちょっと甲高い声で制止したのです。

怒鳴り声は癇癪を引き起こします。

何故朝っぱらからキーキーとうるさい声で怒鳴られなきゃならないんだ!!

と、言葉で言いたかったのでしょうが、スムーズに言葉が出てこないのです。だから赤ん坊のように癇癪を起こす。

幸い父は暴力を振るうタイプではないので、人に当たることはありません。物に当たったり、机や壁を叩いたり、物を投げたりといった行動に出ます。

そうした行為には打撃音がつきものです。
 
母にとって一番のストレスは、父の癇癪ですから、父のそんな状態は母の疲労を招きます。疲労は早急な老化へと繋がっている、そう感じました。

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